ベルトの穴
数日前、葬儀の準備のためにAOKIへ行った。
大人になってから、きちんと喪服を着て葬儀に出るのは初めてだった。自分もいい年齢になったので、それなりの服装が求められるだろうということはわかる。けれど、知っているのは喪服が必要だということくらいだった。
裾はシングルなのかダブルなのか。ベストは必要なのか。靴は黒ければいいのか。黒いネクタイは持っているが、少し柄が入っていてもいいのか。帛紗、数珠、香典袋。実際になにをどう揃えればいいのかはわからなかった。
そう言うことも店に行けば教えてもらえるだろうと思ってAOKIに訪れた。
実際、店員さんは一つずつ丁寧に教えてくれた。安い買い物ではなかった。全部で8万円を超えた。それでも、必要なものと知識をまとめて手に入れることができたので、かなり満足していた。おかげで葬儀も無事に終えることができた。
ただ、一点だけ問題があった。ベルトだ。
購入時にウエストを測って、その場でベルトを切ってもらった。ところが、当日実際につけてみると、最後の一つの穴にギリギリ入るくらいで、かなりきつい。使えないことはない。でも、余裕は全くない。
ここで正直迷った。
喪服周りのことを何も知らなかった自分に、店員さんはかなりよくしてくれた。その感謝がある。だから、あとから交換を申し出るのは少し悪い気がした。
しかし、安くない金額を支払っている。しかもこのベルトは、今回一度だけ使うためのものではない。次に必要になった時、今より少しでもふくよかになっていたら、もう使えない。流石にそれは困る。
葛藤した挙句、交換に行くことにした。
交換に行くと決めてからは、少し楽しみでもあった。
安くはないものを売っているAOKIが、こういうときにどんな対応をするのかみてみたかった。嫌な対応だったら、それはそれでネタになる。そういう少し意地悪な観察者の目もあった。
レシートはもう手元にはない。アプリの購入履歴はあるが、「レシートがないと無理です」といわれるかもしれない。そもそも一度使ってしまっているので、「使用済みの商品は交換できません」と言われる可能性もある。切ってしまったベルトなのだから「お客様の確認不足です」と言われてもおかしくはない。
そんなことを考えなながら、今日、交換に行ってきた。
対応してくれたのは、実際に販売してくれた店員さんとは別の男性だった。
「あの……」と声をかけた後、まずは感謝を伝えた。
「先日葬儀の準備で右も左も分からないところ助けていただいて、本当助かりました。無事に葬儀も終えることができました。ありがとうございました」
その上で、ベルトのことを伝えた。
「ただ一点、ベルトを購入時に切ってもらったのですが、かなりきつくて、最後の一つの穴にしか入らないんです」
店員さんは嫌な顔をしなかった。
「それは失礼しました。購入時のレシートなどはお持ちですか?」
「レシートはないのですが、アプリの購入履歴ならあるはずです」
「それでも構いません」
そこからの対応はとてもスムーズだった。
アプリの購入履歴を確認すると、すぐに交換の手続きに進んでくれた。こちらが持ってきたベルトを細かく調べてから判断する、という感じではなかった。同じ商品を用意し、当然のようにもう一度カットする段取りに入ってくれた。
そして、カットの話になって初めて聞かれた。
「前回は、どれくらい短かったですか?」
その順番が印象に残った。
ベルトが本当に短かったかを確認してから、交換するかどうかを決めたのではない。交換することを決めた上で、次に同じ失敗をしないために、どれくらい短かったのかを聞いてくれたのだ。
快く交換に応じてくれる店は、他にもあるともう。けれど、ここまで気持ちよく対応してくれたのは、AOKIが初めてだったかもしれない。
AOKIの対応は、正直、想像を超えていた。ファンになった。次もAOKIで買い物をしようと思った。
対応がすべて完璧だったからファンになったのではない。実際、ベルトのカットにはミスがあった。けれど、そのミスの後の対応がよかった。問題が起きなかったから信頼したのではなく、問題が起きたあとに、むしろ信頼したのだ。
礼服を買ったつもりだったが、不安を扱ってくれる店を見つけた気がした。